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【JR】精神障害者割引はいつ実現する?-ビジネスモデルから解説-

こんにちは。

日本における障害者間格差として悪名高い、JRにおける精神障害者に対する障害者割引の適用除外。

最近では鉄道会社もバリアフリーやダイバーシティなど、ぱっと見では障害者に優しい経営方針を取っているにもかかわらず、いまだに実現していません。

その理由はどこにあるのか?そして精神障害者割引導入の実現性はどれくらいあるのか?今回はJRのビジネスモデルにも触れながら実現性について解説します。

POINT 鉄道以外のビジネスで稼げれば、精神障害者割引を導入できるかも…

同じ福祉関連で話題の新制度、バリアフリー料金についてはこちらの記事で解説。ぜひお読みください。

www.psycheng.com

日本における障害者割引の歴史

日本の鉄道における障害者割引は、旧国鉄に遡ります。国有鉄道運賃法の中で明記されたことで実現しました。国鉄が民営化される1989年までに制定された身体・療育手帳に対しては法律によって割引が規定されているのです。

2014年時点でJRは導入に否定的でしたが、JR東日本としては以下のように発言しています。

  • 合理的配慮がそもそもどこまでを言うのか
  • 首都圏で対応できたことが地方都市では対応できないケースもある
  • 以前から要望があるのは認識している
  • 障害者割引は国鉄時代から引き継いで行っているため、精神障害者割引も国策として行われるべき

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JRが精神障害者割引について反対する際に触れる「障害者割引は国鉄時代から引き継いで行っている」はこのような意味があります。

また、よく言われる「他の乗客に皺寄せがいく」というのも大きな問題です。日本における精神障害者は15年で1.5倍に増加していますし、おそらく今後も増加するでしょう。

この前提をそのまま運賃収入に当てはめると今までより1.5%減少*1し、しかもこの減収幅は毎年増加し続けると考えられます。

JRが半額で乗れる!!となれば現在手帳は不要と考える人も新規で取得したいと思うでしょう。現在のように精神障害認定の範囲が広がり続ければ、JRとしてはさらなる減収に直面します。

精神障害者割引を導入する鉄道

日本の鉄道で精神障害者割引を導入しているのは、ほとんどが第3セクターもしくは〇〇市営地下鉄です。その理由は大きく2つの理由が考えられます。

  • 自治体の政策が運賃に反映
  • 鉄道会社のビジネスモデル上、割引にしてでも乗って欲しい

〇〇市営地下鉄*2の場合は経営計画などは全て地方議会の議決によりますし、第3セクターは自治体が大株主です。いずれにしても、各自治体の政策を運賃等に反映させやすい環境にあります。

次に、鉄道会社のビジネスモデルの問題です。鉄道をはじめとする運輸業は、固定費が大きなビジネスです。1人分の運賃がほぼそのまま増益額となります。

〇〇市営地下鉄や第3セクターは、そもそも需要が低いので固定費の負担が重くなっています。その為、精神障害者割引を導入して1人当たりの運賃が半減してでも、乗客を増やしたいのです。*3

その証拠に、需要が大きく黒字経営の東京都営地下鉄・大阪メトロには精神障害者割引がありません。*4

鉄道はサイドビジネス?な割引導入企業

〇〇市営地下鉄や第3セクターの企業と異なり、上場するような企業での導入は難しいです。精神障害者割引の導入は利益率を圧迫する為、株主の理解は得られないでしょう。

それでも、広島電鉄(広電)と西鉄は精神障害者割引を導入しています。なぜ導入できたのでしょうか。

まず、首都圏ほど鉄道の需要が旺盛ではないため、半額にしてでも乗客を増やして利益を増やしたいからでしょう。次に、両者の収益構造にあります。実はこの2社、グループ全体で考えると鉄道はサイドビジネスと言っていい状態です。

例えば広電の2019年3月期決算を見ると路面電車*5は赤字です。これを非鉄事業の1つである不動産業の圧倒的な黒字で賄っています。

さらに西鉄は強烈です。決算書記載の2022年3月期収益(売上)がこちらのグラフですが、運輸業は収益の2割にも達していません。

共生社会という考えが重視される今、非鉄事業で十分稼げるなら精神障害者割引の導入は広告費やCSRの範囲と考えられるのではないでしょうか。

JRグループの話に入る前に、この2社の状況から考える障害者割引を導入しやすい鉄道会社の条件をまとめておきます。

  • 運輸事業への収益依存度が低い
  • 鉄道の需要が比較的少ない
  • 他社直通路線が少ない
  • 反対しそうな株主がいない*6
精神障害者割引導入は、株主総会の決議が必要な内容ではありません。ただし短期的には収益減少リスクがあるので、社長の解任決議などの方法で反対する可能性があります。*7

JRグループにおける割引の実現性

広電や西鉄、2023年4月からは近鉄も精神障害者割引を導入しますが、当面はJRにおける精神障害者割引は実現しないでしょう。その理由は2つあります。

運輸事業に依存したビジネス構造

自由に経営できた私鉄と異なり、JRは旧国鉄時代には駅チカビジネスや不動産をほとんどしていませんでした。現在でもJRは運輸事業への収益依存度が高く、JR東日本で8割、JR東海に至っては9割が運輸事業です。

その為、収益(利益)減に直結する精神障害者割引の導入は難しいでしょう。

新幹線・特急の相互直通

私鉄でも他路線への直通はありますが、JRは新幹線や特急など収益性の高い路線で相互直通をしています。鉄道ではないですが、高速バスにおいて共同運行する事業者間で精神障害者割引導入の考えに差があって割引が導入されないことがあります。

既に精神障害者割引を導入している西鉄・広電ともに他路線へ乗り入れは一切行っていません。

特にJR東海は収益の80%を東海道新幹線に依存しているため、精神障害者割引には猛反対するはずです。このようにJRの中でも精神障害者割引に温度差が生まれそうな状況では、導入困難かと思います。

JRで精神障害者割引はどこから導入される?

まず、JR東日本・東海・西日本はありえないでしょう。新幹線をはじめ相互直通がありますし、運輸事業の収益への依存度が高いからです。そして、東京・名古屋・大阪の大都市はそもそも鉄道の需要が大きく、割引を導入して新規の需要を掘り起こす必要性もありません。

JR四国も岡山⇄四国を直通する特急が多数ある為、難しいでしょう。

可能性があるとすれば、JR九州とJR北海道です。まずはJR九州から見ましょう。かなり条件を満たしています。

  • 他社との直通は新幹線のみ。
  • 運輸事業の収益はグループ全体の30%程度
  • 人口の割に閑散路線が多く、乗客アップの意義がある
  • 福岡で競合する西鉄は既に導入済

そして子会社であるJR九州バスは路線バスで導入済み。新幹線で直通するJR西日本との直通、上場企業なので多数の株主を説得することが大きなハードルです。

特にJR九州の大株主にはJR東日本・東海、さらに外資ファンド*8と強く反対しそうな株主がいるのが難点。優待狙いの個人投資家を味方につけられるでしょうか…

次にJR北海道です。今すぐには難しいですが、将来的には精神障害者割引を導入できそうな条件が揃っています。

  • 運輸事業の収益はグループ全体の約55%、鉄道に限定すれば40%にまで減る
  • 他社直通はJR北海道のみ。しかも本数が少ない
  • 新幹線の札幌延伸で札幌駅チカビジネス成功すれば、運輸事業への依存度は低下の見込み
  • 株主は国*9のため反対されにくい?

ただし、JR北海道は赤字による廃線・もしくは第3セクター転換を進めているので、そもそもJR北海道の路線ではなくなっている可能性があります。北海道新幹線函館延伸時にJR北海道から経営分離された道南いさりび鉄道は精神障害者割引を導入していないので、第3セクター化された場合は地獄が待っていますね…。

当面の導入はなさそうだが、JR九州は実現するかも

JR全体で見れば精神障害者割引の導入ができる条件はほとんど満たしていませんし、経営側の目線で導入の必要性もありません。

ただし、JRを含め鉄道会社が非鉄事業(不動産や駅チカビジネス)で稼ぐことは国としても推進しているため、精神障害者割引を導入してもダメージがないレベルに非鉄事業で稼げる日が来れば、精神障害者割引が実現するかも…。

*1:日本の精神障害者人口は約3.3%、本人のみ無条件に50%割引と仮定して計算しました。実際には今の第1種/2種に準じた割引になるでしょうからこれほど減収となることはないはずです。

*2:地方公共企業体

*3:精神障害者割引に多い本人のみ50%引きを前提にすると、鉄道に乗らなかった精神障害者が介助者と一緒に乗れば割引をしても会社は増収となります。

*4:都民・市民に対しては福祉乗車券を支給しています。

*5:正確には運輸業、運輸事業の中には広電バスの業績も反映

*6:過去のデータと第3セクターの状況を見るに、保険会社や国・自治体は比較的反対しなそう

*7:企業の社会的責任が言われる今大々的に反対することはなさそうですが…

*8:レイルウェイ・ホールディングス

*9:正確には国交省所管の鉄道建設・運輸施設整備支援機構