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【15年後に年100億の減収?】JRの精神障害者割引導入で生じる悪影響とは

本記事公開後の2024年4月11日、2025年4月1日からJR旅客全線で精神障害者割引が導入されるとの発表がありました。制度の詳細と活用方法はこちらの記事をご覧ください。

www.psycheng.com

こんにちは。

私を含め精神障害者最大の関心事であろうJRにおける精神障害者割引。

個人的にはあと30年は実現しないだろう、と思っていますが仮に実現したらJR各社にどれくらい影響が及ぶのでしょうか?そこで今回は、公表されているデータから私なりに分析をしてみました。

現行ルール

JR東日本公式サイトより引用した、現行の障害者割引の規則です。2種障害者(精神で言えば2から3級に相当)の場合、101km以上の乗車が割引の前提となっています。また、料金(特急券や寝台料金)は対象外で「運賃」のみが5割引されます。

減収額の推定

先に述べた現行のJRの障害者割引(2種)が全ての精神障害者保健福祉手帳(以下「手帳」)所持者(126.3万人*1に適用されることを前提にします。*2

今回は精神障害者割引が導入された場合に最も悪影響を受けそうなJR東海と、移動距離が短く非鉄事業が強いことから影響を受けにくそうなJR九州を例に計算します。

JR東海(減収額:56億/年)

東海道新幹線の事業母体であり、駅ビルなどの非鉄事業を含めた売上*3のうち68.4%を新幹線に依存しています。

2027年*4にはリニアも開業しさらに長距離移動で稼ぐ企業になるはず。割引導入の影響を最も受けそうです。計算の前提は以下の通り。

  • 在来線での障害者割引適用はゼロ*5
  • 新幹線での移動は全て障害者割引適用*6
  • 運輸収入のうち「運賃」部分は10/17(約58.8%)*7

  • 新幹線からの運輸収入は9630億円*8

ここまでの計算前提を元に計算をすると、新幹線の運賃部分だけの運輸収入が5665億円となります。また、手帳保持者は国民の1%なので、これを100で割った56.7億円を割引導入による減収額と推定します。

JR九州(減収額:3億/年)

非鉄事業で稼ぎまくるJR界の異端児。一方で福岡都市圏では競合する西鉄が精神障害者割引を導入していることもあり、個人的には1番精神障害者割引を導入する必要性が大きい…と思います。

JR東海と異なり在来線特急が多数存在(ソニック、にちりん、リレーかもめなど)するため、以下の前提を立てました。

  • 新幹線の定期外利用は全て101km以上の移動*9なので新幹線での101km以上運輸収入は923億円。
  • 在来線の運輸収入のうち、50%(つまり255億円)は101km以上の移動で稼いだ*10
  • 新幹線料金のうち、「運賃」は50%と仮定。*11
  • 101km以上の移動(255億円)のうち、「運賃」による収入は58%*12

上記の前提を置くと、新幹線のうち101km以上乗った人の「運賃」は461億円、在来線の同「運賃」は147.9億円となります。

両運賃を合計(約609億円)し、精神障害者保健福祉手帳保持者(1%)と割引率(50%)を仮定すると3.04億円の減収と考えられます。

インパクトまとめ

JR東海•JR九州の「純利益」*13を考えれば精神障害者割引導入の影響は小さそう。また実際には「運賃と特急料金を曖昧にした料金設定」*14も多数あり、これらは障害者割引の対象外なので減収額はさらに小さくなると思われます。

割引を導入による今後のリスク

現時点では「本人のみ、101km以上、特急料金は割引対象外」とすればJRが割引を導入することは現実に可能だと思います。ですがそれはあくまで現在の話、今後を考えると次のリスクがあります。

  • 精神障害者の増加
  • 内方乗車と連絡運輸

それぞれ解説します。

精神障害者は今後も増加見込み

2021年現在で精神障害者保健福祉手帳保持者は123万人ですが、2017年には99万人でした。人口減少なのに手帳保持者は毎年5〜8万人のペースで増えています。

そこで今回は、仮に今と同じペース*15で手帳保持者が増えると仮定し、それによるJR東海の減収額を推定しました。なんと2035年には年100億の減収です。

ダイバーシティ推進の広告費と考えても高すぎ、株主からも反対されるでしょう。

内方乗車と連絡運輸

仮に精神障害者に対する割引が現在の第2種と同等になった場合、内方乗車と連絡運輸が問題になります。

内方乗車とは購入したきっぷよりも短い区間しか乗車しない、運輸規則上も特に問題がない行為です。

2023年時点のJR運賃*16を抜粋すると以下の通り

営業キロ 運賃 割引後運賃(内方乗車)
46-50 860 効果なし
51-60 990 効果なし*17
61-70 1170 990
91-100 1690 990
101-120 1980 990

このように、61-70km*18であれば101km、つまり1980円分の切符を買って内方乗車した方がオトクです。

東京駅を起点とした場合、その具体例は以下の通り。

  • 小田原(東海道本線)
  • 小山(宇都宮線)
  • 熊谷(高崎線)
  • 姫路(大阪起点・神戸線)

つまり、結構簡単に内方乗車が使われる可能性があります。

SuicaなどのICカードでは内方乗車ができません。よって、実際に内方乗車する人は少ないと思います。

さらに問題を大きくするのが連絡運輸。障害者割引においては、連絡運輸先の営業キロも通算して101km超なら割引対象になるというもの。

これはICカードでも使えますから、JRでは短距離しか乗ってないのに割引が適用されます。

このように、今後の障害者の増加や内方乗車による減収の計算が立ちにくいことがJRにとって精神障害者割引を導入できない理由だと思います。

最後に-割引実現の条件-

個人的には国鉄が復活すれば割引も導入される気がしますが、もっと現実的な話を書きます。

現時点で精神障害者割引が本格運用されている西鉄•広電•近鉄は、営業利益に対する鉄道事業の比率は全て20%以下。つまり、非鉄事業が強いわけです。

逆にJRは鉄道事業への依存度が高く、JR九州で営業利益に対する鉄道事業の比率は40%、JR東海に至っては90%以上を占めます。

この現状を考えると、JRが非鉄事業をさらに強化し割引による影響が小さくなれば、精神障害者割引導入が実現するかもしれません。

*1:令和3年度「衛生行政報告例」より

*2:連絡運輸はここでは考えません

*3:JR東海公式は「事業収益」としています

*4:既に予定通りの開業は絶望的ですが

*5:特急「しなの」を除けば、在来線での移動は名古屋周辺が圧倒的多数、つまり101km以上を在来線で移動することはほぼゼロと思われるため

*6:「のぞみ」の本数が圧倒的に多く、停車駅間を考えると100km以下の乗車は想定しにくいため

*7:新幹線の大部分を占めるであろう東京ー名古屋、東京ー新大阪間の運賃:指定席料金の値から運輸収入に対する運賃の比率を求めた。その値から筆者の独断で10/17を運賃とした

*8:運輸収入は1.07兆円である。JR東海において運輸収入に対する新幹線比率は近年90%前後であることから9630億円が新幹線での運輸収入。

*9:最も需要の多い博多ー熊本間の営業キロが116kmであることから妥当と思われます。

*10:明確な根拠はありませんが、需要の多い福岡都市圏内の利用で101km以上の移動は考えずらく、101kmを超える福岡ー大分/宮崎への移動には特急料金も乗るので…

*11:需要の多い博多ー熊本間では半分以上、博多ー鹿児島中央間ですら運賃+特急料金のうち40%以上が特急料金となっているためここでは50%と仮定

*12:在来線特急のうち需要の多いソニックの博多-大分間の運賃+特急料金(指定席と仮定)のうち「運賃」が占める割合は58%であるため

*13:それぞれ2941億円と311億円

*14:JR東海で言えば「ぷらっとこだま」JR九州なら「九州ネット早特7」

*15:手帳保持者が6.5万人/年ずつ増加

*16:本州3社で幹線•地方交通線のうち一方のみに乗る場合で、バリアフリー料金や特定運賃は考慮しない。以下同じ

*17:有効期間が2日、途中下車が可能になる効果は発生。

*18:JRは1km以下は切り上げですので正確には60.1km以上