こんにちは。
2020年になって拡大し始めた新型コロナウイルスは全世界に拡散し,多くの人々を生命・あるいは社会的な危機へと追い込んでいます。
そのなかでも医師や看護師をはじめとする多くの医療者の方が懸命に治療に当たってくださっています。
今回はそんな新型コロナウイルスに立ち向かう医療者のメンタルヘルスについて,中国で行われた研究を解説します。紹介する研究の論文はこちらです。
目的・序論など
世界中に広がる新型コロナウイルスに立ち向かうため多くの医療者が患者と向き合っています。
その中で過熱する報道、過重労働による負荷、治療薬品の不足などは医療者自身の精神にダメージを与える可能性があります。
2003年にSARSの感染拡大がありましたが、その時には医療従事者は家族、友人、同僚への感染や感染を恐れ、仕事に消極的になったり、退職の検討、高レベルのストレス,不安、抑うつ症状を経験していることが報告されました。これらの症状は一時的なものではなく長期的な心理的影響を持つ可能性があります。
現在では電話を用いたカウンセリングなどの心理的な介入が進んできました。しかし感染症との闘いの最前線に立つ人に対する介入についての研究は少ないのが実情です。
今回の研究の目的は,COVID-19患者を治療する医療従事者におけるうつ病,不安,不眠,苦痛の症状の大きさを定量化し,これらの症状に関連する潜在的な危険因子を分析することで,医療従事者のメンタルヘルスの状況を評価することにあります。
実験デザイン
地域ごとに層化された研究で34の病院が参加しました。そのうち20が武漢市内,7つが武漢市を除く湖北省内の病院,残りの7病院はコロナウイルスの感染率が高い湖北省を除く7つの省から1病院ずつとなっています。
本研究は鬱,不安,不眠とストレスの症状に焦点を当てて全参加者に対して行われ,中国語版の有効な複数の測定ツールを用いて行いました*1。本研究での分析はそれぞれの測定ツールで得られたスコアを合計したもので行っています。
また属性データとしては職業・年齢・性別・学歴・職業の経験・居住地・病院タイプなど多数にわたって収集しました。
また参加者は新型コロナウイルス患者の診断や治療といった直接的な行為を行ったかを尋ねられ,前線のフロントラインと後方のセカンドラインに分類されました。
結果
1800人の医療従事者が参加を要請され,最後まで完遂したのは1257人でした。そのうち医師が493人、看護師が746人でした。
参加者(本文の内容より最後まで回答した人のことと考えられます)の勤務地域は武漢市が760人、武漢市以外の湖北省が261人、湖北省以外が236人でした。
また新型コロナウイルスの患者に直接触れたフロントラインの人は522人でした。これは全体の41.5%にあたります。
それでは実際の結果です。詳細は結果は本文の表2を見てください。ここでは4つの尺度全てに有意差が見られた働く立場(フロントラインとセカンドライン)に絞って表を作成しました。
縦軸は全て%ですが,ある程度詳細な差がわかるように縦軸の細かさが異なっています。注意してグラフを見てください。詳細に見たければ本文の表2をどうぞ。
直感的にもフロントラインの人はセカンドラインの人に比べてメンタルヘルスにおける症状を感じる人が多いことがわかります*2。
また多変量でのロジスティック回帰の結果、セカンドラインでの勤務と比較して、コロナウイルスの患者を直接治療するフロントライン(最前線)での勤務は、多変量補正後のすべての精神症状の独立した危険因子であると考えられました。
考察
ブログ内の図からもわかっていただけるように、新型コロナウイルスの患者に向き合った医療従事者のメンタル不調率は高いものとなっており、参加者の70%以上が何らかのメンタル不調を抱えていました*3。
その中でも女性の・看護師で・武漢市の病院で・フロントライン(最前線)で働く人の有病率が最も高くなっていることがわかりました。
こういった女性看護師について本文では、患者との濃密接触があるだけでなく勤務時間も通常より長いことから新型コロナウイルスへの感染リスクがより高いことを指摘しています。
本論文で比較されているSARSの場合、流行の初期には看護師等のメンタルヘルスについてさほど警戒されていなかったり十分な保護がありませんでした*4。
一方で、今回の新型コロナウイルスの場合は患者の治療にあたる看護師のメンタルヘルスに対しても注意が向けられていることも記載されています。
結論とコメント
本論文結論では、医療従事者を守ることが新型コロナウイルスに対処するための公衆衛生にとって重要な手段であること、メンタル面での健康を守るための特別な介入が女性・看護師・フロントライン(最前線)での勤務者に必要であることを示しています。
個人的には、結果だけを見ると「まあそりゃそうですよね...」というのが印象です。しかし新型コロナウイルスの感染が急速に進んでいた2月末の武漢市内において、1200人を超える医療従事者への調査をやりきったこと、そして最前線での勤務が身体的な影響だけでなく精神面でも負荷が大きいことを示したことに大きな意義があると思います。
日本では同等の研究がまだされていないように見えますが、おそらく日本でも似たような結果が出るように思います。
そして新型コロナウイルスの脅威が治まったころ、SARSの頃に比べて医療従事者のメンタルヘルスに関心が向けられた効果は本当にあったのか?が解明されるといいですね。
ところでお気づきのとおり、今回の論文は心理学の実験ではなくむしろ疫学調査に近い要素があります。しかしこういったケアする側の健康に注意することは心理職にもとても大事ですし、扱う尺度や症状は心理学でもメジャーなものだったため今回紹介しました。皆さんの参考になれば幸いです。
このサイトではこの記事以外にも心理学研究の論文を紹介しています。こちらの記事もどうぞ。