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ワーキングメモリの強い人ほど3密回避する~米国コロナ禍での研究から判断~

こんにちは。

コロナが流行し始めて早くも2年。ワクチン接種は進んだものの、当面コロナとの闘いは続きそうです。

というわけで、今回もコロナに関する論文を選びました。

[:contents]

序論

日本における”3密回避”とほぼ同義のソーシャルディスタンスは、アメリカでも長期にわたり感染予防のための重大な課題となっています。しかしこのソーシャルディスタンスは個人の協力に依存する為、協力しない人もいます。

ソーシャルディスタンスに協力する/しないはその人の認知的能力に依存する仮説はありましたが、その具体的な能力はわかっていませんでした。

そこで本研究は、重要な認知的能力であるワーキングメモリ(WM)が、個人のソーシャルディスタンスへの考えにどう寄与するかを調べようとしたのです。

ワーキングメモリ(WM)とは?

WMは別の作業をしている時に、記憶を一時的に保持しておく機能のこと。記憶するだけでなく推論や学習、理解といった認知的活動に決定的な影響を与えるとされています。多くの先行研究がありますが、Baddely(1998)がWMに関する以下のようなモデルを作りました*1f:id:husbird:20220220131307p:plain
  • 音声ループ:短い間、音声を保持する
  • 視・空間スケッチパッド:視・空間情報を貯蔵して操作
  • 中央制御部:音声ループや視・空間スケッチパッド、長期記憶からの情報を統合、注意を向ける対象の選択を実施。さらに不適切情報の排除を行うが、情報の貯蔵はしない
このようにWMが情報の貯蔵と統合さらに判断を司るため、WMが強ければ良い意思決定やルールの遵守が可能になるとされています。

従って、WMが強い人はソーシャルディスタンスを遵守するのでは?という仮説が立てました。

実験

実験は、アメリカにおいてコロナの非常事態宣言が最初に出された2020年の3月に行われました。参加者はクラウドソーシングサイトの1つであるAmazon Mechanical Turkのワーカー850人です。

本研究は実験1と2から構成され、実験内容は概ね共通です。重要な実験課題は以下で説明します。なお、実験1と2においては年齢や教育水準を尋ねる質問やメンタルヘルスの状態を尋ねる質問も行われています。

WM課題

実験1と2両方で行いました。この課題は、下図のように画面上に表示された■の位置と色を覚えて、その後色が変わった■をクリックします。

ワーキングメモリ評価課題

簡易版最終提案ゲーム

実験2だけ実施。本研究では公平性規範を評価するための課題です。図にすると以下のようになります。 最終提案ゲーム

結果-WMで社会規範を守るか予測できる-

WMが高い人は、実験1と2両方で高いソーシャルディスタンス遵守レベルを示しました*2。WMが高い人は感染予防に繋がる行動を積極的にしていました。

ソーシャルディスタンス遵守レベルは、教育水準や所得との相関は見られませんでした。この研究全体で「ソーシャルディスタンスの確保や社会規範を遵守するか否かはWMが強く関係している*3ことがほぼ一貫しています。

WMと損益を判断する力

回帰分析を行なってWMとソーシャルディスタンス遵守レベルの関係性を調べようとしましたが、明確な答えは出ませんでした。そこで、WMはソーシャルディスタンス遵守のメリデメを判断する能力に寄与し、このメリデメを判断する能力がソーシャルディスタンス遵守レベルに寄与するという仮説を立てました。いわゆる媒介変数があるのではないかと考えたのです*4

そこでコロナ禍におけるソーシャルディスタンス確保が与える影響どの程度正しく理解しているかを評価する質問をしました*5。この質問の結果を使って以下のようなモデルを構築しました。

  • 目的変数(Y)…ソーシャルディスタンス遵守レベル
  • 説明変数(X)…WM
  • 媒介変数(M)…ソーシャルディスタンスのメリデメ判断力
媒介分析を行った結果、Mの間接効果、X→Yの効果ともに有意でした。つまり、少なくともMの間接効果がソーシャルディスタンスを遵守するかに寄与すると言えます。

WMと社会規範遵守の関係性

ソーシャルディスタンスは社会規範の1つですから、本研究の結果は社会規範遵守全体に拡張できるかもしれません。

そこで簡易版の最終提案ゲーム(実験2)を用いて社会規範順守の傾向を調べました。

相手に渡した額の分、実験終了後にもらえる実際のお金も減ります。従って制裁を受けるリスクのない基本条件では、リスクのある対照条件に比べ相手に渡す額が50MUsから減ると考えられます。

結果もその通りでした。制裁がない基本条件では、対照条件(分配額が50MUsと同等)に比べてAからBに渡される額が有意に少なくなりました。

次に、WMの強さと最終提案ゲームにおける社会規範への順守度を調べました。その結果、WMが強い人ほど対照条件で50MUsに近い額をBに分配する傾向が見られました。

この結果から、WMが強い人は社会規範を守らない結果をより適切に推測できると考えました。Aに最終的に残った額を見てもWMの高い人は多くの額を維持していたこともこの考察を支持しています。

結果から、ある種の社会規範を守る人は別の社会規範も守る傾向があり、このことはWMの強さで説明可能と考えられます

考察-共通の神経基盤に理由あり?-

本研究の結果、WMの強い人は一般的な社会規範も守る傾向にあることがわかりました。

彼らは、その理由を脳の機能にあると考えました。WMと社会規範を判断する神経基盤は前頭前皮質という脳の同じ部分が担っています。下の画像で黄色い丸で囲まれた部位が概ね前頭前皮質ですが、脳の同じ部位が関係しているからWMによって社会規範を遵守するか否かを説明できるとしたのです。f:id:husbird:20220403164122j:plain

まとめと感想

本研究の限界はありますが、まとめると概ね以下の通りになります。

  • WMの強さは社会規範を守るか否かを強く説明する*6
  • 両者の間には社会規範を遵守することによる損益を判断する力が媒介変数として存在する
  • 両者とも前頭前皮質が処理を担うことがこの結果の理由ではないか

論文の考察にも書かれていますが、前頭前皮質をWMのトレーニングで鍛えることで社会規範を守る方向に誘導できる可能性があります。

ということは、将来の刑務所ではWMの訓練に良いとされる計算問題をひたすら解かせて再犯防止をしている…かもしれません。

また、最近は心理学実験の論文なのに脳機能局在論*7の知識を前提とする論文が増えています。大学ではあまり脳科学の授業をゴリゴリやらない気がしますが(特に臨床系)、学部生の方は個人的にでも勉強しておくと良いでしょう。

本ブログでは反ワクチン傾向に陥りやすい人の傾向を分析した論文も解説していますので、こちらも読んでみてください。

*1:本章は“箱田ら(2010)認知心理学,有斐閣リベラルアーツ“を参考に作成

*2:実験1でr=0.29、実験2でr=0.25。いずれもP<.001。

*3:人口統計学的/抑うつ傾向などの心理状態/あるいは流動性知能による説明力は高くない

*4:AとBという項目に相関があったからといって因果関係があるかは不明です。本研究のように媒介変数を用いた因果推論は科学において重要な考え方です。私も苦手ですが…

*5:ex.ソーシャルディスタンス確保により、中小企業は苦境に追い込まれるかもしれない

*6:寄与率が極端に高いわけではありませんが、robustという表現が何度もあります

*7:脳において、特定の機能を特定のう領域が担うとする考え方