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【資生堂】企業における心理学研究③~表情を素早く動かせば印象は上がるのか~

こんにちは。

このブログでは企業の心理系技術職として働く私が、日本の企業ではどんな心理学の研究をしているのか?を公開されている論文から調べ、解説していく記事を書いています。

第3回の今回は、化粧品メーカーである資生堂の研究を紹介していきます。論文の重要なところだけを解説しているので、よければこちらから論文そのものも読んでみてください。


ちなみに前回はトヨタの研究所である豊田中央研究所の研究を紹介しました。

資生堂と心理学研究

日本における化粧品トップメーカーとして君臨する資生堂、近年では在宅ワークに舵を切ったことでも話題になりました。しかし心理学を始めとする人間研究を重視している企業の1つでもあります。

実際にサイトを見ていると、研究領域の1つである「感性研究」の中に「心理学・脳科学」が明記されています。このような企業は限られており、相当資生堂が重点的に人間研究をしていることがわかります。

また日本心理学会が発行する心理学ワールドでも実際の社員の声が掲載されている企業の1つです。


待遇面で見ても、機械メーカーにはなかなかない職種別採用であること、ボーナスが年3回支給であることなどの魅力があります。日本の企業で心理学の研究をしたい!と考えたとき、応募先としてまず候補に挙がる企業の1つではないでしょうか。

この論文の筆頭著者も論文末尾にある経歴を見る限り、学部卒の心理系出身で新卒採用されています。

前振りはこれくらいにして、今回は資生堂における心理学研究を紹介してみたいと思います。

はじめに~顔の研究について~

人間はいろいろなモノを知覚し認知するわけですが、顔に対する認知は特殊であることが知られています。

例えば生後わずか数か月の子供が母親とそれ以外の顔を区別可能であるなどの研究があります。顔認知の特殊性についてはたくさんの研究がありますが、以前紹介したこちらの本にもあるのでぜひ読んでみてください。



今回紹介する論文でも顔認知、特に笑顔に関する先行研究が多数紹介されています。全部はとても紹介できないので一部を紹介してみます。

  • 笑顔に伴う一般的な形態変化には「口角の上昇、頬の隆起、眼裂形状の変化」がある
  • 魅力評価の高い笑顔では、目尻と口角によって構成される矩形が黄金比に近似する


今回の論文では実際の笑顔を動画で集め、画像ではなく実際に動く笑顔の印象評価と顔の形の特徴との寒冷性を評価することを目的としています。この目標を達成するために先行研究と異なる3つの工夫をしています。まず時間の進行による顔の動きを定量化すること、次に動く表情の検出にオプティカルフロー法*1を使うこと、最後に笑顔は実際に笑顔を作る本人が魅力的だと思う笑顔と定義することです。

実験方法

刺激の提示方法自体は正面から見た顔を提示していますし、実験参加者にとって未知なものです*2。この点は他の研究とさほど変わらないと思うので、参加者などについて少し詳しく書きます。

顔を撮影させてくれる方は20~30代と50~60代の女性合計68サンプルで、この方たちは実験参加者をリクルートする会社から集められました。

一方で顔の評価をする実験参加者(この先は「評価者」と書きます)もリサーチ会社によって集められた20~30代の女性40名と50~60代の女性40名でした。評価者は実験終了後に4000円を謝礼として受け取りました

企業における実験参加者集めの実態はこちらの記事で解説していますが、1人当たり4000円×80人=320,000円というのは大学における実験の謝礼額から考えれば高水準だと思います*3*4


次に実際の実験手続きです。本実験では各人のカラーディスプレイに提示された顔の動画について、8人の評価者が同じタイミングで評価を行っていました。

また、刺激の提示パターンは20~30代の顔についてどちらの群でも同じ数の顔を評価することになるように2分割しました。それぞれの実験参加者は2分割された群のうちいずれかを割り当てられ、評価を行いました。50~60代の顔についても同様に2分割して行いました。

実際の評価する顔の組み合わせは下の図のようになっており、評価者によって評価する顔が異なる参加者間計画になっています*5

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評価者が行う評価は魅力(魅力的でない~魅力的)、好ましさ(好ましくない~好ましい)、美しさ(美しくない~美しい)の3つです。それぞれ最低が1、最高が5の5段階で評価者は評価を行いました。

実際の実験では、下の図の場所のオプティカルフローを測定しています。分析では分析の最初の時点と最後の時点を決めてから、4分割になるような5つの時間の点ごとに測定を行いました。ここから先の説明ではt0やt4といった書き方になっています。

オプティカルフローを測定したのは、下の図の黒い●●で囲まれた①~④の4つの領域です。

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結果

分析している項目が多く複雑です。できるだけかみ砕いて説明します。

まず最初に提示された顔刺激について、評価者による平均評価値をを算出しました。評価項目ごとに評価の高い22刺激と評価の低い22刺激についてそれぞれ高評価刺激、低評価刺激としました*6

論文で紹介されている結果は、高評価刺激と低評価刺激ごとの比較になっています。大まかな結果としては、頬・口元のいずれにおいても、高評価刺激は低評価刺激に比べて変化量とその速度が大きくなっています。

 注意

大まかな傾向として、としたのはあくまでも論文をざっくりとざっくりと理解したい方向けの説明です。論文中の表を見てもらえばわかるように、、高評価刺激と低評価刺激で変化量に差が見られないケースもあります。


ここからは、おおまかな結果を前提に、気になるところをいくつか触れてみたいと思います。特に面白いのは、統計的に差が出ている、つまり有意になっている個所が左右対称になっていないことです。

例えば魅力評価と頬部・口元部の移動量を見てみましょう。頬部右ではt1で、頬部左ではt3とt4で有意差があり、いずれも低評価刺激よりも高評価刺激で移動量が多いことが示されました。口元では口元部右においてt1~t4すべてにおいて低評価刺激よりも高評価刺激で移動量が大きくなりました。一方口元部左ではt1においてのみこのような差が見られました。

このことから、頬部右では初動での移動量が多く頬部左では後半での移動量が多くなっています。一方口元部では左右ともに初動が大きいこと、口元部右では全てのタイミングで移動量が大きいことが高評価に顕著に関与していることがわかります。

次に移動速度と評価の関係性の例として、「好ましさ」評価と頬部・口元部の移動速度を見てみましょう。頬部左のt0-t1とt2-t3の移動速度で高評価刺激が低評価刺激に比べて高く、同様の傾向が頬部右でも見られました*7。このことは高評価刺激において初速が速く減速が緩やかであることを示しています。

口元についても見てみましょう。t0-t1において左右とも高評価刺激において移動速度が高くなりました。一方移動量において左右で確認されたt4での差は、左口元部においてのみ速度差が生まれました。

考察

この論文では顔を動画で撮影し、オプティカルフローを用いて表出過程を定量化することで動く笑顔の形態表出と印象の関連について検討しました。

詳細な結果は論文を見てほしいのですが、大まかな結果は、高評価刺激は低評価刺激に比べて移動量と速度が大きいというものでした。

全て書いていると長くなりすぎるので、ここでは魅力評価と好ましさの評価における初動や後半の動きの違いに注目してみます。

例えば魅力評価では頬部・口元ともに初動の大きさが重要であること、好ましさの評価は頬部の動きの関与が重要であることが主張されています。また移動量の観点で重要だとされた初動は、高評価刺激において移動速度が大きかったことが示されました。このことから、大きくかつ速い初動が魅力的な笑顔の印象評価に重要な役割を果たすと考えられます。

一方、後半の移動量も魅力・好ましさ評価に関与する一方で、移動速度はほとんど関与していませんでした。このことは運動法則*8だけでは説明ができません。口元部左において魅力・好ましさ・美しさの全ての観点において高評価刺激における後半の減速が低評価刺激のそれに比べて穏やかであり、このことが高評価に影響していることがわかりました。

今までの先行研究では動画ではない静止画像や表出が終わったときの検討がメインでしたが、この研究はそれではわからなかった上のようなことを示しています。

ところでここまで読んできたみなさんはこう思うのではないでしょうか?「サンプルになった顔刺激が女性で、魅力と好ましさと美しさってほとんど同じでは?」ということに。

この論文でもそれについては相関係数という形で検討をしており、魅力と好ましさにおいてr=0.97となるなど相当に高い相関を示しています*9。本来このような場合には相関の高い項目の除去などが必要ですが*10、実際にそれぞれの評価項目での移動速度や移動量を比較すると、それなりに違いが見られることから3つの評価項目を区別したまま残すことになりました。

 

この論文では頬部と口元部の移動量と移動速度という連続的な変化量に着目し、初動の変化量の顔の印象評価への関与を示しましたが、いくつか議論しきれなかったことがありました。いくつかを紹介して終わりにしたいと思います。

 

  • 成人と異なり幼児では左頬の動きの大きさが認められないなどの違いがある。そのため20~30代と50~60代だけではない年代による比較が必要である
  • この研究では日本人成人女性のみが評価対象になっていたため、ナショナリティや性別を変えた比較が必要である
  • 先行研究では女性の顔のキメや化粧による影響も検討されたが、本研究では素顔のみを対象にしたため、これらの検討が必要である

 

まとめ

本研究では顔の印象評価について、初動での変化量が大きいときに高評価になるという大まかな結果が得られました。


いろいろな前提を置く必要がありますが、相手の容姿についてほぼ顔しか見られなくなるWEB面接対策に使えるのかもしれません。学術的な背景はなくとも印象をアップさせるためのセミナーは既にいろいろなところで行われていますし。

最初にも書きましたが、化粧品メーカーでは顔認知に関する研究を数多く行っていますので、そういう領域の研究はかなり生かしやすいはずです。また、「自分男だし化粧品業界は関係ないかなあ」という方にもこの業界に興味を持ってほしいと思います。確かにメーカーとしては女性比率が高いですが、この論文の筆者のなかにも写真を見る限り少なくとも私には男性に見える方もおられます*11。性別関係なく企業で心理学やりたいなあという方にはぜひ応募してほしいです。

もう一度書きますが、研究開発職として心理学専攻を採用してくれる日系メーカーの中ではトップクラスの待遇ではないでしょうか。 

*1:オプティカルフロー法とは、表情変化の際の視覚的な流れに注目し、特定の時間と次の時間での状態変化をベクトルで算出して処理するメカニズムのことです

*2:先行研究では未知の顔と知っている顔では処理プロセスが異なるとしているものがあり、顔を評価する実験参加者にとって未知の顔であることはとても重要なものです

*3:私が学生だった頃、実験参加の謝礼は1時間当たり1000円(交通費込み)でした

*4:実験の所要時間は書かれていません。あくまでも個人の推測の域を出ませんが、学生時代に参加した実験から推測するに2時間程度だと思います。

*5:参加者募集にかかるコストは上がりますが、実験を迅速に行うために1人あたりの実験時間を短くしたのは一つの賢明な判断だと思います

*6:それぞれの評価項目とごとに分類しているため、Aという顔刺激は魅力において高評価刺激になっているが、美しさにおいて低評価刺激になっていることがあり得ます

*7:p>.05であり有意差ではないという扱いになっています

*8:詳細はこの論文を読んでください

*9:あくまで私の見た範囲ですが、ここまで強い相関はなかなか見れないレベルです

*10:重回帰分析におけるマルチコ(多重共線性)の議論が有名です。一般的にはマルチコが生じた場合はどちらかの変数を除去するのが望ましいとされています。

*11:あくまでも私個人の見解です