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個人主義社会での「一般的信頼」の適応性-Yamagishiの信頼の解き放ち理論への反証?-

こんにちは。

本ブログでは、心理学の論文を一般向けに解説してきました。例えばこんなコロナのやつとか。


今回の論文紹介のテーマは信頼です。非対面でのコミュニケーションが増えた今だからこそ、相手を信頼することが重要では?と考え信頼と相手を見抜く力の関連を調べたこの論文を紹介します。

序論

本論文の序論をいきなり書いてもわかりにくいので、山岸*1の信頼に関する先行研究を解説します。

山岸の信頼の解き放ち理論について

山岸は「一般的信頼」という概念を提唱しました。これは手がかりがないときに使う「人間一般に対する信頼感」のことです。さらに山岸は日米比較を行うことで一般的信頼が高くなる社会の特徴を検討しました。

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この研究の成果を踏まえてまとめた信頼の解き放ち理論(emancipation theory of trust)によれば、一般的信頼があれば閉鎖的な人間関係を抜け出して新しい人間関係を作り出すせるとしています。

本研究の必要性

人間関係構築は大事ですが、無制限に相手を信じれば騙されやすくなります。生き残るためには「相手は信頼できるか?」を見分ける力が重要です。過去の研究でも、他者に対する信頼が高い人はこの力が高いとされています。
ただし、それらの研究は1対1で相手が信頼できるか?を調べただけで、集団内での研究はまだありません。そこで、N人がいる環境で社会的ジレンマに関するゲームを行い「一般的信頼感が高い人は、相手が信頼に値するかを見抜く力が高いか」を調べました。

実験手続き

日本にある女子大学の学部1年生107人を対象に、次のような実験を行いました。

最初に一般的信頼感に関する質問紙を回答させました。一般的信頼はパーソナリティとの関連も知られているため、TIPI-Jというパーソナリティテストも回答させました。

実験参加者に対しては、回答結果は匿名化されること、これから行う社会的ジレンマ実験のあと、実験で得た額を実際に支給すると伝えました。ただし、お金を貰えるのは全員ではなく、判別課題の成績がよかった一部の人のみと説明されました。

社会的ジレンマゲーム

続いて1グループあたり15人前後のグループを作り、500円を各参加者に渡しました。その後、「500円のうち、いくらグループに拠出するか?」を回答させました。*2を考慮し、これら2つの変数とパーソナリティテストの結果を統制した偏相関を求めました。

その結果、一般的信頼の強さと判別課題の正答率は正の相関(r=.24, p<.05)を示しました。

この結果から、集団・社会的ジレンマのある環境で、一般的に他人は信頼できるものだと考える人ほど「相手が信頼できるか」を判断する力が高いことがわかりました。これは高信頼者(high trusters)は、相手が信頼できるかを判断する力に優れるとした先行研究と一致するものです。

山岸の先行研究は日本のような集団主義社会では、高信頼者は非適応的だとしました。しかし、本研究は高信頼者ほど相手が信頼できるかを正しく判断できる、つまり適応的であることを示唆しています。

山岸の先行研究との差については、次のように主張しました。
①日本の社会が、米国的な個人主義の社会に移行しつつある。
②個人主義社会では、高信頼者の方が適応的
③したがって、一般的信頼を強く持つことが昔より適応的になった。

そのため、信頼に関する研究では、社会文化的な側面を考慮することが重要だとしました。


ただし、本実験は面直での実験ですから、リモート環境で同じことをやると結果に差が出てくるかもしれませんね...そのあたりは本研究の限界ともいえるでしょう。

論文紹介は以上でお終い。このサイトでは、様々な心理学に関する論文の紹介をしているので、ぜひ別記事も読んでもらえると幸いです。

*1:論文はほぼ英語なので、実際にはYamagishi表記です

*2:回答結果はグーグルフォームで収録されているため、誰がいくら提供したかは実験参加者は知りません)。

グループ内の参加者が提供したいと回答した額を2倍にし、グループ内の参加者に均等に分配しました。本実験では、「自分もある程度の額を拠出しないともらえる額は増えないが、自分だけ多額を拠出すると損する」という意味で社会的ジレンマのゲームといえます。

判別課題

社会的ジレンマゲームにおける拠出額が250円以上なら「協力者」、それ以下なら「非協力者」と分類されるとき、自分以外のメンバーが非協力者/協力者のいずれかを判断する課題です。

実験の流れをまとめると下図のようになります。

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結果と考察

判別課題の正答率は平均55%でした。また一般的信頼の強さと、判別課題の正答率は正の相関(r=.22, p<.05)を示しました。

グループ内の協力者の数や、一般的信頼とは別に参加者が「協力者(非協力者)」と判断しやすい傾向((論文中におけるjudgement biasです