こんにちは。
2020年は新型コロナウイルスの感染が爆発し、その影響もあって多くの企業の業績が悪化しました。
その結果として多くの人が職を失い、女性の自殺が大きく増えたことが報道されています。
こういった精神的に参ってしまった人の支援をするのが心理職と呼ばれる人たちですが、その数は世界的に不足しているのが実情です。
心理職不足は特に途上国で深刻。そこで考えられたのが訓練を受けた"素人"による心理的な介入です。今回の記事ではその事例について紹介していきます。
非心理学専門職による心理的介入の効果について
まずはこの動画をご覧ください。
こちらの動画に出てくるヴィクラム・パテル氏は2015年のタイム誌「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた精神科医です。
時間の無い方のために動画の内容を要約すると
- 発展途上国の一般人に対して精神医学的介入の教育・訓練を行った
- 教育を受けた人によって介入された精神疾患の患者は非介入の人に比べて高い回復率を示した
- 教育を受けた人による介入は
先進国における医療費削減にも効果 が期待できる
というものです。
精神医学的な教育を受けた人の介入は効果があることはわかります。では、どうやって彼らを教育したり介入するのでしょうか?
今回紹介するのは、そんな疑問について過去の論文を引用しながら筆者たちの見解を述べる論文です*1。
今回扱う論文はこちらから読むことができます。どうやら有料化されてしまったようなので、今回は該当のリンクを。
文献の探し方
この論文は筆者自らが手を動かして実験・調査を行ったわけものではなく、既存の論文について調査を行い、分析したものです。
典型的な精神障害に対して心理的・精神医学的な専門家ではない医療従事者が介入した研究についてまとめた3つのレビュー論文などを参考に、論文をネットで探しました
検索キーワードは「低・中所得国」「世界的な健康」「メンタルヘルス」「精神障害」
「地域の医療従事者」「デジタル技術」「モバイル技術」を利用しました。
結果と考察
調査の結果、発展途上国において実施されたケースを扱う7つの論文が詳細な分析に用いられることに。
詳細は論文を読んでもらうとして、いずれの論文もデジタル技術を活用して心理的な支援をした結果を紹介しています。
これらの研究におけるデジタル技術とはスマホやタブレット、ウェアラブルデバイスといった、かなり現代的なものです。
この論文で取り上げている7つの研究における「一般の医療従事者」とは地域のボランティアや住民から選ばれた医療従事者、かかりつけ医療を行う医師や看護師といった人が含まれています*2。
フレンドシップ・ベンチの研究
7つの研究の中から今回は、最初に紹介したヴィクラム・パテル氏が提唱してきたフレンドシップ・ベンチ(Friendship Bench)について検討した3つ目の研究を取り上げます。
この研究を扱った論文はフリーアクセスだったので、詳細を知りたい人はこちらを参考にしてください。外部リンクEffect of a Primary Care–Based Psychological Intervention on Symptoms of Common Mental Disorders in Zimbabwe A Randomized Clinical Trial
- フレンドシップ・ベンチの介入は、"素人"ー当初は精神医学の専門的な知識を持たない一般的な医療従事者ーが行う。
- 治療対象は抑うつや典型的な精神疾患。
- 訓練を受けた一般の医療従事者が、マニュアル化された介入を6回のセッションに分けて実施。
- このセッションでは、参加している患者に問題解決のための効果的なテクニックを教えることを目指す
ここまでは非心理職による介入研究ではよくあると思います。この研究のミソはここからです。
- 医療従事者はプログラム中に最大6回まで患者に対してモバイル機器を使ってテキストメッセージや電話をする。
- 医療従事者は、セッションを欠席した患者と連絡を取るためにテキストメッセージングを使用することも可能
- 臨床チームはまた、通話やテキストメッセージを使用して、医療従事者をスーパーバイズしたり、困難な症例に対応するための指導やサポートを提供したりする。
つまり、精神科医療でありがちな「患者の脱落」をオンラインの方法を活用して防ごうとしたのです。
その結果、フレンドシップベンチ介入を受けた患者(n=286)は、標準ケア対照群(n=287)と比較して、6ヵ月後のフォローアップ時に抑うつ症状を始めとする各種症状の有意な減少が認められました。
この結果は、デジタルデバイスを活用すれば、"素人"でも効果的なメンタルヘルスケアが可能なことを示唆していると考えられます。
研究が教えてくれること
デジタルデバイスの活用×"素人"による介入に効果があることはわかりました。しかしいくつか疑問が残ります。
まずはデジタル技術がどのように使われているのか?ということです。この疑問について論文の中では次のように答えています。
- 一般の医療従事者が患者とつながり、患者を支援する
- 一般の医療従事者が自らのトレーニングやスキル開発の機会にアクセスする
- 一般の医療従事者が専門家からスーパーバイズなどの支援を受ける
- 最後にデータ収集やケア調整を改善できるようにする
続いて「精神医学的な知識をもともと持たない医療従事者が介入する意義は何か?」という問題です。
この疑問に対して論文では、メンタルヘルスの専門家とは対照的に非専門医の医療従事者は、多くの場合治療する患者と同じコミュニティで生活しており、そのため、患者の文化や病気の説明モデルに合わせて治療を調整するのに理想的な立場にあることを指摘します。
デジタル技術を活用したデータ収集や、患者の心理以外のバックグラウンドを理解した介入というのは、クライアントの日常生活から離れた場所にいる心理職には難しいのではないでしょうか。
まとめと感想
7つの研究それぞれを見ると、有効性については検証中という論文も多いのが現状。論文の最後には、デジタル技術を用いたメンタルヘルス支援の持続性について検討できなかったことを課題としています。
しかし、デジタル技術の活用はメンタルヘルスケアにおけるタスクシェアリング*3に重要とも述べています。
この論文では発展途上国において、非専門家がデジタル技術を活用して心理的介入を行うことの可能性を示しましたが、今の日本における精神医療、臨床心理的支援の現状を考えてみましょう。
新型コロナウイルスの世界的流行を受け、「直接会ってカウンセリングする」ということが難しくなりました。その結果、カウンセリングもオンラインで!が普通に行われるように。その典型例がcotreeです。
このサービスは心理カウンセリングをする人(必ずしも臨床心理士や公認心理師の資格を持った人ではありません)が、cotree内のシステムに登録し、ユーザーが自分の悩みに対応したカウンセラーを選択して、相談するシステムです。
新型コロナウイルスが流行し数多のメンタルヘルスの問題が見られるようになり、外出がしにくくなったことからネット上で注目を集め、Twitterにもよく出てくるようになりました。カジュアルに心理的な相談ができるようになったことはメリットです。
その一方で心理職が過剰な市場競争に晒され、その専門性ではなく単純な人気で選ばれることにもなりました。ここで紹介した論文で非専門家であっても一定の教育を受ければ効果のある心理的介入ができる、そしてその支援にデジタル技術が有効であることが示された以上、どうやって専門家の価値を見せていくかは日本における心理職生き残りのための課題といえます。