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企業における「実験参加者」のお話~簡単に集められるわけではない~

こんにちは。

心理学に限らず人間を相手にした実験をされたことがある皆さんなら、実験者募集をされたことがあると思います。

そして、高額の謝礼がもらえる研究を除いては実験参加者を集めるのに苦労している人も多いのではないでしょうか。私も学生時代には実験参加者を集めるのにとても苦労しました。

参加者を集めるためにこんな記事を書いたりもしました。


あまりにもいろいろな人にお願いして実験に参加してもらうことが嫌になった私は、企業にいけば会社が謝礼を払ってくれるから簡単に実験参加者を集められるのでは?と考えるようになりました。そして私は心理学専攻でありながら企業で研究開発をする仕事に就いたのですが、企業だと簡単に人を集められるのでしょうか?

POINTこの記事では、企業では実験参加者を簡単に集められるわけではない理由を解説しています。

企業における実験参加者の種類

企業でも心理学や脳科学などの実験をするときに実験参加者を募集するわけですが、この実験参加者には2種類のパターンがあります。

1つ目は自社の社員であるパターンです。大学の研究室で学生がお互いの実験に参加し合うのと同じですね。企業の人を対象にした研究をする部署は人数が限られていますし、人事異動の少なさも相まっていつも同じ人が実験参加者になっている側面もあります。

また、大学と違い企業の場合上司が部下に命令する権限を持っているため*1、ある程度は上司の意図したタイミングで実験に協力しないといけない点も、実験参加者の予定に実験者が合わせる大学とは違う点かもしれません。

また会社によってはテストドライバーのように、被験者として評価することを専門にしている社員を雇うケースもあります。

2つ目は外部から実験参加者を集めてくるパターン。マクロミルを始めとしたマーケティングリサーチのサイトを用いて実験参加者を募集します。比較的実験参加者をオープンに募集している大学や政府系の研究機関と異なり、企業ではtwitterで実験参加者を募集することはほとんどないはずです。

企業の人に関する実験で、社外から人を集めるのはかなり難しいのが実情ではないでしょうか。もちろん機密保持などの契約はちゃんと結ぶわけですが、競合他社の人が紛れ込んでいる可能性もありますし...

実験参加者の謝礼は残業代?

社員が実験参加者になる場合、業務の一環として行われるため追加で謝礼が支払われることはありません。基本的にはそのぶん残業時間が増えるため、増えた残業代が謝礼ということになります。

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 注意

残業代がでない企業であったり、裁量労働制である企業であればそもそも実験参加者になったところでもらえる給料は増えません。そのような場合、実験に参加すればするほど時給が低下することになります。

 

先ほど実験参加の謝礼は実質的に残業代であると書きました。そして残業代の基準になる基本給は人によって異なり、基本的に役職者、ベテランほど高いのです。

従って、実験の参加謝礼といっても新卒一年目の社員に参加してもらうのと、管理職一歩手前のベテランに参加してもらうのでは謝礼額が違います。以前私が計算してみたところ、管理職一歩手前の人の実験参加謝礼は私の約2倍であることが分かりました。

企業にもよりますが、管理職以上であれば裁量労働制が適用されています。そのため管理職を参加者にすれば謝礼を0にできます。ただし、彼らはそもそも普段の仕事で忙しいのでなかなか難しいのが実情です。


外部から実験参加者を募集する場合、謝礼額はその企業によりまちまちです。ただあるフォロワーの方からの指摘では、6000~10000円/hだそうです。なお外部から集める場合は調査会社に委託するケースも多く、会社は追加での費用負担があります。

実験計画も結構違う

私が学生の頃、「同じ人に3日間連続で大学に来てもらって実験をしたい」と先生に相談したことがあります。いろいろな理由がありましたが、参加者内計画にしてサンプル数を減らしたい、できれば同意書を含めた手続きを簡略化させたいという考えもあってのことでした。

しかしその先生からは「大学生に3日連続で大学に来てもらうのは非現実的であり、参加者間計画にしてサンプルを増やすことで対処すべき」という指摘を受け、実験計画を修正した経験があります。

参加者内計画であれば、分析の際に参加者による誤差分散も除去して計算することができます。そのため検定力が高くなり、少ない参加者で有意になりやすくなります。


私個人の経験の範囲でも、大学生であれば毎日大学に来ることは難しくても、1回につき1時間程度時間を用意してくれる人をそれなりの数集めることは、謝礼さえ払えばそれなりに容易であると感じます。

一方企業であれば、フレックスタイム制や裁量労働制が導入されているとはいえ、ある程度はみんなが毎日決まった時間に会社に来て、決まった時間に帰ります*2*3

また、社員はそれぞれ会議や業務がありますが、事前に調整をしておけばある程度は数日間連続で時間を空けてくれることもあります。そして最初に書いたように実験参加者は社員の助け合いに依存している現状を考えれば、同じ人に数日間実験に参加してもらう、つまり参加者内計画の方が実施しやすいのではないでしょうか。

私が読む論文でも、企業の心理学研究では参加者内計画を多く見ますし、以前私が紹介した豊田中央研究所の論文も参加者内計画になっています。

参加者を集めるために外部との連携が重要になることも

実験参加者といえば「健常者」*4を連想するかもしれませんが、もちろんそうではないケースもあります。

  • 子ども
  • なんらかの障害をもった方
  • 高齢者

企業であっても研究の内容によってはこういった人を実験参加者にする必要がありますし、論文化されているテーマをみても、そうなっているものがあります。

そのような研究や実験をするためには社外の機関との連携が必要となってきますが、この連携は社員個人に紐づいているものではありません。むしろ会社と社外の機関の契約というもっと大掛かりなかたちになっています。これは社員が転職してもその社外の機関との研究が続けられるようにするためと考えられます。

以前JREC-INに掲載されていた臨床系の大学教員公募では、自分のフィールドを持っていることが採用条件の1つになっている求人がありました。このようなケースでは大学の研究環境が教員個人のフィールドに依存しているものと思われます。


いずれにしても、外部の協力者と連携しないと実験参加者を集められないケースがあることは入社前に知っておいても良いのではないでしょうか。特に大学では健常者以外の実験参加者を扱うことが少ない基礎系の人は、そういう方とかかわることの難しさは理解しておくべきだと感じます。

 

まとめ

実験参加者というトピックだけで見ても、大学と企業では結構な違いがあります。特に個人に依存しない外部との連携、謝礼が人件費になっている状況などは大学では考えられないことではないでしょうか。

また別の機会に書きたいと思いますが、人件費・研究開発費に関わる考え方が大学と企業で根本的に異なることがいろいろな企業の研究開発者に面で大きな影響を与えています。

この影響は良い面悪い面どちらもありますが、それを理解して企業に就職するのと知らないで就職するのでは全く違うはずです。それではまた別の機会に。

心理学を活かして民間企業の研究開発に行きたい!という方はこちらのページも読んでみてください!

*1:大学における助教クラスと異なり、企業の新卒研究員は自立した研究者だとはまだみなされていないと思います

*2:繁忙期はこの限りではありません

*3:新型コロナの影響で、毎日会社に来るシステムがそもそも崩れる可能性があります

*4:この表現が適切かも本当は検討すべき