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企業における心理系R&Dのデメリット~「こんなはずじゃなかった!」を防ぐために~

こんにちは。

私は大学の心理学部を卒業後、民間企業で心理学を活かした研究開発(R&D)をしていますが、大学とは違うところが多々あり日々ビックリすることの連続です。

以前、大学にはない企業のR&Dのメリットを解説しました。心理学のR&Dならではのメリットも多く、いろいろな方に読んで頂いています。


その一方、大学ではそんなこと言われなかったのに…というデメリットももちろん存在します。いいところだけをみて企業に就職して、こんなはずじゃなかった...とならないように今回は心理学専攻→企業の研究開発を選ぶデメリットについて解説します。

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テーマを選べない

大学の場合、学部生でも自分が好きなテーマを選べます。そのため、大学の卒論のテーマを見ると「おう…こんなんあるのか…」という成果の活かし方が見えにくいものも。

このように学生が自由にテーマを選べるのは、大学が教育機関であり研究室の運営という観点でテーマを選ばなくて良いからです。そのため、少なくとも学部生であれば自分のテーマが成功するか否かをさほど心配せず研究できます。

もちろん大学院進学率の高い理系の研究室であれば、毎年IFが〇以上の雑誌に×本通すということを意識しているところもあります。

 

一方で会社の場合、「5年後にこの技術を含んだ商品を発売する」「10年後の会社はこの技術で儲ける」ということを明確に考えています。それは、利害が様々ある社員同士が協力して業績を上げるためには経営陣が明確な方針を示すこと、株主に対する説明責任を果たすことが必要だからです。

いずれにせよ会社が方針を決め、それを達成する為の研究計画を研究所が作り、実際の研究内容に落とし込まれます。社員の目線からすれば、成果が出るかわからない実験を押し通すのはほぼできません。

また、会社の方針は数年に1度変更されます。それを受けて研究テーマが途中で中止になったり、あるいは研究所そのものが閉鎖されるというリスクもあり、テーマどころか研究開発の仕事を続けられなくなるリスクもあります。

そのためやりたい研究テーマが明確で、これじゃないとムリ!という人には企業に就職しても幸せになれないと思います。逆に上層部から降ってきたテーマの面白さを見出せる人ならば、テーマの成功率の高さもあって幸せになれるはずです。

研究成果は「会社のモノ」になる

大学での研究開発の成果は論文です*1。論文の引用文献を見ればわかるように、「論文の著者は誰か?」は非常に重視されています。

こういうことができるのは、誰がどの程度その研究に貢献したのかをある程度明確にできるからです。実際に実験した、考察案を示すなどの貢献が論文の著者に反映されていきます。

一方で、会社の仕事は誰が貢献したのか?を明確に出来ません。最終的には上層部の人がハンコを押してくれなければ仕事ができませんし、特に開発であればいろいろな調整が必要になり、利害関係者が増えすぎるからです。

特許で報いることもありますが、その対価は微々たるもの。そして基本的には特許は会社のものになります。

従って、企業において個人名で研究成果に応じた対価を得るのは(特に日系企業では)難しいと思います。

学術的に「正しい」ことが会社として成り立たないことも

企業でも心理学の研究開発をしていると、商品AはBのように変形すると使いやすくなる!ということが科学的にわかってきます。例えば今までより短時間で操作できる、あるいは操作中のミスが減るといった感じに。

しかし、それを製品に入れようとすると、例えば次のような問題が出てきます。

  • コストが高くなるからダメ
  • 法規制の問題からそのデザイン変更はできない
  • 加工が難しいのでそのデザインは嫌だ
  • 安い製品に機能を追加すると、フラッグシップモデル売上ダウン

こんな理由で、科学的には正しいことが実際の商品には搭載されないことがあります。上記は経営戦略上正しいですし、法律面からも問題がありません。ただ、科学的に正しいことを求める研究者の目線からすると納得できないのも事実。

自分の信念に反することはしたくない、という理由で高待遇な企業を辞め、大学に移った人を複数見ています。

心理学を理解してくれる人がまだ少ない

これは心理学特有の事情です。私が見る限り、心理学の知見を活かして企業で研究開発をする人材はまだまだ少ないです。

伝統的に心理学の人を採用する化粧品メーカーなども、学会でポツポツ見かける程度。

従って、心理学特有のあるあるは、ほとんどの人に理解してもらえません。例えば次のような問題に入社当初驚きました。

  • 質問紙をきちんと作ることの難しさ
  • ヒトを相手にした研究倫理の問題
  • 実験という特殊な環境で起こるバイアスをいかにして減らしていくか?

心理学の人が当たり前に意識しているこれらは、ずっとモノに向き合ってきた理系の人たちは知らないことなのです。

そしてもっと驚いたのが、モノを作る工学や化学の場合、実験前にN数が決まっていないということ。心理学の場合、実験参加者の数を後で調整することはタブー視されていますが、あちらの文化としては良いものができるまで試作や合成を続けるのがフツーらしいです。


ちなみに、実験参加者数を実験後に追加するとなぜいけないのか?について知りたい方はこちらの記事で紹介している本を読んでみてください。


こういう研究手法の違いが理解されないだけでなく、「ヒトを研究して金になるの?」とか「そもそも個体差大きいヒトなんて研究出来る訳ない」など心ない言葉を社内から言われることもあります。これが一番つらいところ。

工学系と異なり、会社の収益にどう貢献するかが明確に見えない現段階では、こういう批判に耐えながら研究開発を続ける必要があるのは企業のデメリットでしょう。

まとめ~デメリットは多いが、現実を見れば企業の魅力は大きい~

ここまで書いてきたように、企業ならでは見られない汚いもの、泥臭い部分はたくさんあります。ただ、研究の自由度が魅力の大学も最近ではそうなくなりつつありますし、企業でも研究開発者の待遇改善に向け工夫をしているのも事実です。

そこで、デメリットも踏まえて心理学→企業のR&Dに来て幸せになれそうな人をまとめてみました。個人の意見ですが、おおむね次のようになります。

  • おカネが大好きで、現実の汚さに目をつぶれる人
  • 心理学には関心があるものの、細かいテーマにはこだわらない人
  • 若いうちは自分の研究開発に集中したい人
  • 自分自身が心理学→企業という新ルートのパイオニアになりたい人

私自身はおカネ好きなので、概ね満足して企業で働いています。さてあなたはどうでしょう?この記事が自分の進路を考える一助になれば幸いです。

*1:最近は積極的に特許を取ったり、ベンチャーと協業する研究者の方もいます