こんにちは。
私は大学の心理学部を卒業後、民間企業で心理学を活かした研究開発(R&D)をしていますが、大学とは違うところが多々あり日々驚くすることの連続です。
以前、大学にはない企業のR&Dのメリットを解説しました。心理学のR&Dならではのメリットも多く、いろいろな方に読んで頂いています。
その一方、デメリットももちろん存在します。いいところだけをみて企業に就職して、こんなはずじゃなかった...とならないように今回は心理学専攻→企業の研究開発を選ぶデメリットについて解説します。
テーマを選べない
大学の場合、学部生でも自分が好きなテーマを選べます。それは、建前上学問の自由が尊重されるからでしょう。
一方で会社の場合、儲けることが目的です。それは株主に報いること、社員にきちんと給与を支払う必要があるからです。儲けることが重視されているので、会社からトップダウンで大まかなテーマは降りてきます。
心理学は企業の中では基礎研究よりですが、それでも成果が出るかわからないテーマを押し通すのは難しいです。
また、会社の方針は数年に1度変更されます。それを受けて研究テーマが途中で中止になったり、あるいは研究所そのものが閉鎖されるというリスクもあり、テーマどころか研究開発の仕事を続けられなくなるリスクもあります。
研究テーマや研究開発職であることに徹底してこだわるなら、民間企業は色々リスクが大きいです。
研究成果は「会社のモノ」
大学での研究開発の成果は論文です*1。論文の引用文献を見ればわかるように、「論文の著者は誰か?」は非常に重視されています。
こういうことができるのは、誰がどの程度その研究に貢献したのかをある程度明確にできるからです。実際に実験した、考察案を示すなどの貢献が論文の著者に反映されていきます。
一方で、会社の仕事は誰が貢献したのか?を明確に出来ません。最終的には上層部の人がハンコを押してくれなければ仕事ができませんし、特に開発であればいろいろな調整が必要になり、利害関係者が増えすぎるからです。
特許で報いることもありますが、その対価は微々たるもの。そして基本的には特許は会社のものになります。
従って、企業において個人名で研究成果に応じた対価を得るのは(特に日系企業では)難しいと思います。
学術的な正しさだけで評価されない
企業でも心理学の研究開発をしていると、商品AはBのように変形すると使いやすくなる!ということが科学的にわかってきます。例えば今までより短時間で操作できる、あるいは操作中のミスが減るといった感じに。
しかし、それを製品に入れようとすると、例えば次のような問題が出てきます。
- コストが高いからNG
- 法規制の問題からそのデザインはNG
- 加工が難しいのでその機能はNG
- フラッグシップモデルを売りたいからその機能はNG
こんな理由で、実際の商品には搭載されないことがよくあります。経営戦略上正しいですが、研究職の目線では納得できないのも事実。
自分の信念に反することはしたくない、という理由で高待遇な企業を辞め、大学に移った人を複数見ています。
心理学の味方が少ない
これは心理学特有の事情です。私が見る限り、心理学の知見を活かして企業で研究開発をする人材はまだまだ少ないです。伝統的に心理学の人を採用する化粧品メーカーなども、学会でポツポツ見かける程度。
心理学特有のあるあるは、ほとんどの人に理解してもらえません。
- 質問紙をきちんと作ることの難しさ
- ヒトを相手にした研究倫理の問題
- 実験という特殊環境で起こるバイアスをいかにして減らすか?
こういった問題を理解してくれることは、あまり期待しない方が良いでしょう。
さらにキツイのは「ヒトを研究して金になるの?」とか「そもそも個体差大きいヒトなんて研究出来る訳ない」など心ない言葉を社内から言われることもあります。これが一番つらいところ。
工学系と異なり、会社の収益にどう貢献するかが明確に見えない現段階では、こういう批判に耐えながら研究開発を続ける必要があるのは企業のデメリットです。
勤務地が東京ばかり
これも心理学特有の事情。新卒時はメリットですが、転職ではデメリットになります。
アカポスであれば、東京以外にも選択肢が多いですが、民間企業の心理学が活かせるポジション、UXリサーチやデータサイエンティスト、人系の基礎研究の求人は東京に集中しています。
例えば、愛知県に本拠地がある自動車部品メーカーのデンソーですが、UXリサーチャーは東京固定で採用しています。
フルリモートは流石に難しい職種なので、東京に住めない人にとってはデカいデメリットです。私は東京以外見つけましたが、まあ本当に選択肢が少ない...
まとめ~デメリットは多いが、現実を見れば企業の魅力は大きい~
ここまで書いてきたように、企業ならでは見られない汚いもの、泥臭い部分はたくさんあります。ただ、研究の自由度が魅力の大学も最近ではそうなくなりつつありますし、企業でも研究開発者の待遇改善に向け工夫をしているのも事実です。
そこで、デメリットも踏まえて心理学→企業のR&Dに来て幸せになれそうな人をまとめてみました。個人の意見ですが、おおむね次のようになります。
- おカネが大好きで、現実の汚さに目をつぶれる人
- 心理学には関心があるものの、細かいテーマにはこだわらない人
- 若いうちは自分の研究開発に集中したい人
- 自分自身が心理学→企業という新ルートのパイオニアになりたい人
私自身はおカネ好きなので、概ね満足して企業で働いています。さてあなたはどうでしょう?この記事が自分の進路を考える一助になれば幸いです。
*1:最近は積極的に特許を取ったり、ベンチャーと協業する研究者の方もいます