【JR西日本】企業における心理学研究~車両検査時のヒューマンエラーをどう減らすか?~

こんにちは。

多くの方は心理学の研究者は大学で働いているモノ!と思っているらしいのですが、実は企業で心理学の研究開発などをしている人も少なからずいます。そしてその中にはもちろん心理学専攻出身の方もいます。

今回は心理学のスキルが生かせそうなケースの中で、JR西日本における車両検査について解説している事例集を基に解説します。

論文はこちらから見ることができます。日本語なので読みやすいです。

JR西日本と心理学

言うまでもなく鉄道会社です。私鉄王国と呼ばれる関西圏において新快速*1を走らせたり、山陽新幹線で収益を上げている企業です。

その一方で近年では不採算路線の整理を行っており、2018年には三江線を廃止しました。

2005年に福知山線脱線事故を起こした影響か、鉄道会社としてはかなり積極的に心理学やヒューマンファクターの研究を行っています。ということもあってか、近年では日本心理学会によく来ている印象です。

新卒では総合職での採用となっているため、表立って心理学人材を募集しているわけではなさそうです。おそらくはポスドクなどの中途で大学から採用している、あるいは社内の工学系人材に心理学の研究もさせているのだと思います。

鉄道総合技術研究所という元国鉄(現在のJR各社)の鉄道について研究する機関がありますが、こちらは心理学の人材を例年募集しています。新卒が対象で学部・修士・博士いずれでも応募可能です。

鉄道会社における「点検」とは?

総合車両所と呼ばれる工場ではオーバーホール(分解)して詳細な検査メンテナンスが行われますが、日常の点検は各地に点在する車両基地で行われています。毎日きちんとメンテナンスされるのは、飛び立つ前に整備士によって検査される飛行機と同じですね。

さて、保守関係者はJR西日本とパートナー会社合わせて4000人超となり、そのほかメーカーや部外委託先まで含めるとかなりの人数になるとのこと。

関係者がこれだけの数いると、個人の技量やモチベーションなどなどでミスも起こりそうですがどのような対策が練られているのでしょうか?今回紹介する実例はそのあたりを検討しています。

まずハード対策(物理的にミスが起こらないようにする)として以下のようなものが示されています。

  • ボルトの数自体を減らす
  • 取り違えやすい部品を同一形状に統一する
  • コックを元に戻さないと蓋が閉まらない

確かにミスが起こりえないようにしています。この部分から「モノを作る段階からメンテナンス性まで考慮した開発が必要」であることがわかります。

もちろんこのハード対策には莫大な予算が必要ですし、車両製造メーカーにも大きな負担を強いることになります。それだけの費用を払えるJR西日本だからこそなのかも。

もちろんハード対策だけでは解決できません。そこで教育の面ではチェックリストや指さし呼称、復唱の習慣化が必要であり、その教育前提となるマニュアルの整備も重要だとしています*2

また品質管理は全員参加で行うとしており、不具合を発生・発見して報告した際には非懲戒とし、管理者側の責任が大きいとしています。こうすることでミスが適切に報告され、ちゃんと改善に生かされるようです。

ここで、作業者ではなく管理側の責任としていることに注目。もしミスの責任を背負わされるなら誰も報告しませんよね...


企業におけるヒューマンファクターの実践

心理学でも時々出てくるヒューマンファクターですが、意味としては機械をはじめとするシステムが適切に機能するために必要な人間側の要因のことを指しています。

なんとなく理解してもらったところで、下の図を見てください。これはM-SHELLモデルというヒューマンファクターの領域ではとても重要な概念の一つです。論文では英語表記になっていますが、見やすさ優先で日本語に直しています。

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ヒューマンエラーを起こした本人だけではなく、手順・設備・環境・周囲の人がきちんとかみ合っていないからエラーが起こるのだとする考え方で、これらすべてに管理が関係していることから、エラーの原因追及の段階では管理にまで落とし込む必要があるとしています*3

これはメーカーなどで現場で働く人を管理する立場である総合職の社員にとってはとても重要な考え方です。


上記のような図が重要なのは言うまでもないですが、現実にはどんどん高機能化する車両とその検査に対してヒューマンエラーと重大事故を防ぐべく管理をしていくしかないようです。

新しい車両であればマニュア ルも不十分なのが通常。マニュアルに載っていない未経験の不具合の予兆の発見と対処が重要なのは言うまでもありません。それを可能とするのは保守係員の経験に基づく感性や洞察力、創造力であり、これらもまさにヒューマンファクターの 重要な側面であるとしています。

この現場の感性に触れているところがミソです。こういうことがあるので鉄道会社やメーカーでは現場の声が強くなります。私も入社して「こんなに現場の声は強いのか...」と驚いたのを覚えています。

こういった現場からの意見も踏まえて事故の重大性といったリスクについて点数化することで車両検査時のリスクを減らすこと、そして無くせないリスクに対してどう対処するかというミーティングが行われているそうです。

最後に、鉄道はハードウエアとしての鉄道システムだけでなく、その運営に係わる経営層・技術層・実行層、 つまり会社全体が人・技術システムとして適正に機能し て始めて安全や品質が担保されるものであり、経営層も含めてヒューマンファクターの支配を考慮した管理が必要だとしています。

感想など

いわゆるヒューマンファクターの実践や研究は、企業では結構盛んです。心理学の学会で見る企業の研究の中でも多くを占めているように思います。それだけ重要であり、外部に公開する意義があるということです。

 

シビアな話ですが、品質関連の事故を起こすと企業側の責任をかなり問われます。極端なケースだとマスメディアに取り上げられ会社全体の危機に発展することも。


民間企業におけるヒューマンファクターの業務は大きく分けて2つあります。1つ目は社員のミスによって品質に問題のある製品ができることを防ぐことです。この場合は品質管理の部署が担当しています。2つ目は社内での事故による社員のケガを防ぐという観点です。こちらの業務は安全衛生の部署が担当していることが多いです。

これらの部署のメンバーは工学系の出身者が多いですが、心理学(臨床系の人が多いような気がする)の人材を配置しているケースも見たことがあります*4

会社のウェブサイトで見られる新卒の職種紹介などでは出てこないので、あまり企業としても前面に出したくない、あるいは中途の即戦力を採りたいという考えがあるのかもしれませんが...

心理学やってるぞおおおお!!!というゴリゴリの実験ができる領域ではありませんが、現場が存在する限り無くならない、正社員としての安定を確保しつつ人間について考えられる仕事でもあります。

民間企業におけるヒューマンファクターのお仕事、良ければ就活の候補にしてみては?

*1:追加料金なしで130km/h

*2:指さし呼称は心理学の研究成果の一つです

*3:いわゆる「なぜなぜ分析」のお話です

*4:論文とかで見たことがあります