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企業での心理学者、開発と研究で何が違うの?

こんにちは。

私は大学の心理学部を卒業後、大学院ではなく民間企業で心理学の研究開発をする仕事をしています。

こういう仕事をしている人はまだ少ないので、企業ではどんな心理学の仕事があるのか?が気になる人もいるはず。今回は現役心理系社員ならではの目線でその話をしていきます。

 

 注意

研究開発職で入ったのに全然研究してないぞ!?と入社して後悔する人もいるので、自分が研究をしたいのか、開発をしたいのかは就活の段階で明確にしておくべきです。

 

開発(実際に製品の仕様を決める)

既に得られている研究成果を基に、市場で売れるモノを作り上げる部署のことです。企業の場合研究者よりも開発者の方が多いため、R&Dで採用されて特に希望しなければこちらに配属されることになります。

「開発」といってもその中にはいろいろな部署がありますが、ほとんど実験もせず、CADを始めとした設計図を直接作ることもしないケースもあります。心理学出身者の場合、専攻の特性上設計図を書かない部署に配属されることが珍しくありません。

自分で実験もしないし設計図も書かない人たちは何をするのでしょうか?ミーティングとパワポを回すパワポエンジニアリングです。表現が非常に悪いですがこれには心理学の人が関わる領域*1は特に全体最適を考える必要があり、必然的に企画のような仕事が多くなるという事情があります。

私が見る限り、理系出身のエンジニアさんは、特定部品の特定の機構に物凄くこだわります。詳細は書きませんが、電気熱、薬剤による劣化防止...などなどいろいろあります。私に言わせれば「そんなにこだわるの?」と思うときもあるくらい。

その一方で心理学が貢献できるUI/UX、ヒューマンエラー、感性工学といった領域は部品1つだけでは全く実現できません。むしろ全体最適を考えた設定が重要になってきます。

こういった現状を踏まえて全体最適を考えられる企業となると、どうしても完成品を扱うところになるのです。典型的にはトヨタ自動車をはじめとした完成車メーカー、資生堂を始めとした化粧品メーカー、三菱電機などの電機メーカーの家電部門などです*2*3

部品や材料を作るメーカーで心理学出身者をよく見るのは、例えばデンソーや高砂香料工業など。どちらも完成品を作っている大企業と直接取引する元請けと呼ばれる企業です*4

完成品メーカーの立場からすると、長期的に自分たちの強みにしたい一部の領域以外は外注し、部品・原料メーカーの仕事を管理することが正しい戦略になるのです。

開発の人は何を考えて仕事しているのか?

ここまで、心理学を活かすためには全体最適を考える必要があり、専門性を尊重されつつ働くチャンスが多いのは完成品を扱うメーカーであると書いてきました。

では、実際にどんなことが日々の仕事になっているのでしょうか?一般論としてよく言われるものを挙げてみます。

  • 商品の見栄えをよくするためにどんな成分を混ぜるべきか?
  • 今回行う商品性を改善する業務はコスト的に耐えられるのか?
  • この商品を市場に出した時に安全性の問題はないか?

上の3つの中で心理学の要素があるのは最初の1つだけ。正直なところ、心理学をしてる!!と感じられるのは1週間に1回程度でしょうか。あくまで商品の開発が目的であり、心理学をすることが目的ではないからだと思います。

いずれにしてもこういった諸問題を判断し、社内の上層部に説明してOKをもらって意思決定をしていくことが仕事になります。こういった業務を通じ製品に対して最終的な責任を持つのが完成品メーカーの仕事なのです。

リコールを出したら一番叩かれるのは完成品メーカーですからね...



あくまでもモノづくりの人たちなので、基本的には論文を書きません。そして、研究系の人に比べて〆切にいつも追われているので残業も多いのが特徴*5

研究(商品を作る前提になる理論を作る)

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開発に比べて配属人数は少なめ。院卒者の比率が開発よりも高いことが多いです。基本的には希望しないと配属されないと思ってください。

企業によって、心理学の研究はあまりせずに外部に委託する企業と、研究も自社で行う企業に分かれます。外部委託する企業では、大学の研究室に実験や仮説出しの一部を依頼することが多いです。

逆に、学会発表などを行っていて「心理学に力を入れている」企業は自社で人間の研究をしていることが多いです。こういった研究熱心な企業であれば、働いている時間のかなりの部分を心理学に使うことが可能です。

大学の研究と違うのは大きく分けて次の3点だと思います。

  • 労働時間が厳密に管理されている
  • テーマが心理学に限らず神経や脳、教育など幅広い
  • 勝算の有無をよりシビアに求められる

特に3つ目の特徴は重要で、「で、いくら儲かるの?回収見込みは何年後?」と何度聞かれたことか…。

採算重視でテーマが決まっていくので学術的な面白さがあるかは別ですが、「このテーマは何の役に立つんだろう...」という不安を感じないでいられるのは大きなメリットです。そして、研究費の面でも大学よりは恵まれています*6

特に私のように学生時代優秀ではなかった人からすれば、目の前のタスクに必死に食らいついていけばそれなりの成果が期待できるため、メンタルヘルスの観点からも良いと言えます。

普段の仕事内容は実験と論文書きがメインです。ただ、研究成果を開発の現場で活用するためのお仕事もあり、いつも研究だけしていられるわけではありません。また多くの企業では社員の研究成果を特許で囲い込むこともあり、自由に論文公表できないのも大学にはないデメリットです。

納期が開発ほどシビアではないため、残業時間は少なめです。ワークライフバランス重視の人には魅力的ですね。

 

テーマは現場の課題を解決するタイプのものが多い

テーマについてですが、具体的な製品を見据えた研究がやはり多いです。現状の商品ではまだ提供できていない価値をどうやって実現するのか?そのためのヒトやモノのカラクリはどうなっているのかを調べる研究がメインになります。

学会誌とか見てても、○○という製品で起きている課題を解決するために…という文言はよく見ます。


そのため、モノが関係するヒューマン・マシン・インタフェースや感性工学、そしてヒューマンエラー対策といったテーマが多いです。

こういった分野は現場でデータが取れるかどうかが特に重要だと思いますが、実際の製品を使ってデータを取れるのは、大学にはないメリットです。泥臭いといえばそれまでですが、社内の現場やお客さんのところに行って話を聞いたりデータを取ったりするのは大学では得難い経験だと思います*7

現場でデータを取った研究の例がこちら。実車を使うなど大学では難しいことをやっています。

まとめ~開発と研究では業務内容と心理学に関わる時間が違う~

ここまで心理学出身者から見た、企業での開発と研究の違いを書いてきました。特に違いが大きいのは業務内容と心理学に関わる時間です。

もしかしたら開発は大変で辛そうだな…と思ったかもしれませんが、お給料はきちんともらえますし転職しやすいなどメリットもあります。そういったことを考えたうえで就活の時に希望を出してほしいですね。

*1:例えばUX/UI

*2:電機メーカーにおけるホームエレクトロニクス領域は縮小傾向にあります。家電の開発を本気でやりたければLGやサムスンといった韓国系メーカーの方がチャンスは大きいかもしれません

*3:電機メーカーに総合職で入ると、車載事業など部品を扱う部署に配属されることもあります

*4:デンソーの場合はトヨタや日産、高砂香料工業の場合は資生堂などが取引先になります

*5:これで裁量労働制だったら絶対に許せないですね

*6:心理学の研究室→大企業の場合です。工学系出身の知人によれば「これだけ!?」とがっかりしたところあるとか

*7:本当は研究開発系のインターンシップで経験できるといいのですが