本記事は経営側の目線で障害者雇用の損得を述べています。私を含めた障害者1人1人をコストとして計算していますが、障害者を金儲けの手段として私が見ているわけではありません。
こんにちは。
福祉関係の職員、そして障害者にとってはお馴染みの障害者雇用率。概要をまとめると以下の通りです。
このように、"罰金"や補助金だけでなく官公庁の入札にも影響してきます。会社の経営にも関係するそれなりに重要な指数…のはずです。
もちろん未達の企業もあるわけですが、障害者雇用納付金(“罰金”)は会社にどれくらいダメージを与えるのでしょうか?今回は、過去裁判になったJALと2021年に社名公表された企業を例に解説します。
大企業にとっては大ダメージ
法定雇用率の制度が始まって20年以上経ちますが、大企業にとっては法定雇用率未達というだけで結構なダメージ。その典型例が日本航空(JAL)です。
1999年、日本航空(JAL)の株主が当時の経営者らを告訴しました。訴因は「雇用率未達で障害者雇用納付金を長年支払っている。この雇用納付金により会社、もっと言えば株主に対し損害を与えている」というものでした。
当時のJALの利益率などは不明ですが、毎年4000万円もの納付金を支払っていたようです。これは配当金の原資にあたる一株あたり純利益を低下させる行為であり、株主の利益を毀損しているといえます。
さて、この訴訟は事実上株主側の勝訴となり*3、経営者らは法定雇用率達成の為の努力を強いられました。
社名公表された企業を分析
法定雇用率未達でその状況が悪い場合、社名公表されます。ここではその公表された企業の決算などから障害者雇用に対するモチベーションを推定していきます。
2021年に公表された株式会社 SIMMTECH GRAPHICS(以下「シムテック社」)は長野県にある半導体パッケージ基盤の製造・販売を行う企業です。この会社について簡単にまとめるとこのようになります。
- 主要取引先はサムスン電子など大手半導体メーカー
- 近年は債務超過
- 2021年度決算(2021年1月-12月)では久々の最終黒字だが無配のまま
厚労省の資料によれば、少なくとも2017年から法定雇用率未達となっており、雇用はしているものの0%台。不足数は7〜9人(年平均)です。障害者雇用納付金は1人不足につき毎月5万円なので、合計で毎年420万円から540万円支払っていることになります。
さて、この約500万円/年の"罰金"は会社にとってどの程度重要なのでしょうか。障害者雇用納付金は決算公告における租税公課、より大きな括りでいえば販管費*4に当たります。つまり営業利益・経常利益・純利益に対して悪影響を与える費用です。*5
2021年の売上高が約200億円、営業利益・経常利益・純利益共に約20億円ですから、売上高に対する障害者雇用納付金が占める比率は0.025%。株主が気にする営業利益率ベースには0.1%も影響しません。つまり、会計上はほぼ無意味と考えられます。
社名公表回避にはいくらかかるか?
社名公表回避の為にはとにかく障害者雇用を進めなければなりません。ただ自社雇用にせよ特例子会社にせよ色々と配慮が面倒なのも事実。そして諸々考えると最低賃金かつ週30時間労働でも30万円近くかかるそうです。
こうした企業のニーズに対応し、雇用率を売るビジネスも誕生しました。いわゆる農園型就労です。その良し悪しは別にして、楽にかつ安価に雇用率を”買う”にはいくらコストがかかるのでしょうか?
この記事の数値を元に計算すると、雇用率を1人分”買う”為に企業側が負担する実質コストは、画像の通り普通障害者1人当たり12.25万円/月です。
さて、シムテック社は雇用率を"買う"ことはせず(意図してかは不明ですが)社名公表を選びました*7。実は法定雇用率(2.3%)を未達でも、全国平均実雇用率(2.11%)を上回れば社名公表は回避することができます。そこで、厚労省が公表しているこちらの資料から、全国平均実雇用率クリアに向けた追加雇用人数とそのコストを計算しました。
社名公表するかの最終的な判断基準とみられる2021年12月1日時点の常用雇用者数*8からシムテック社が社名公表を回避する為に必要な人数は6人*9の追加雇用が必要でした。さて、実質コストを算定した画像からもわかる通り、雇用率1人分を”買う”には12.25万円/月かかります。シムテック社の場合6人不足ですから、882万円*10を支払えば社名公表を回避できます。
つまり、年あたり900万円払うよりは社名公表された方が経営的には得だとシムテック社は決断したことになります。
社名公表を選んだ(?)理由
以下は個人の見解ですが、シムテック社が法定雇用率を"買う"のではなく社名公表を選択したのは、社名公表の回避より借金の返済が重要と判断したから*11だと思います。
最初に述べたように、法定雇用率を達成すれば追加で1人雇うごとに年32.4万円営業利益が増加*12し、しかも官公庁の入札で有利に立てます。
にもかかわらずなぜ社名公表を選択したのでしょうか?障害者として雇用される立場の私としては以下の3点があると思います。
- 官公庁案件がなく、入札の恩恵は不要
- 大株主にとってこの問題はどうでも良い
- 広告費として考えるには900万円は高すぎる
まず、シムテック社の事業内容は完全なBtoB、しかも部品製造であり官公庁相手にビジネスをするとは正直考えられません。
また、親会社であり99%以上の株式を保有 するSTJ Holdingsや株主提案権を持つ三菱ガス化学(165,000株.持株比率0.03%)のみ*13もこの問題にあまり関心がないのだと思います。
株主総会招集通知・株主総会決議通知を見ても、この社名公表に対する何らかの提案はなかったことがわかります。*14
最後に、会社のブランド価値を下げない”広告費”としての観点です。法定雇用率は企業にとって義務であり、ダイバーシティやコンプライアンスに煩い株主・企業が多いことを考えれば、社名公表のダメージはかなり大きくなります。
つまり、雇用率を”買う”のは実質的にブランド価値を守るための広告費と同じです。それでも、社名公表を結果的に選択しました。私も会社員なのでわかりますが、一般企業の調達において、障害者雇用率云々はほとんど気にしていません。その為、純粋なBtoBの企業において広告費として障害者雇用を考えるのは無理があります。
社名公表、実は効果なし??
本記事では、シビアに損得を計算した結果社名公表されることを選んだ(と思われる)企業について、公表されている数値からシビアに計算しました。
本稿の前半で述べた通り、売上年200億円規模の企業ならば、障害者雇用納付金という"罰金"は経営的にはさほど大きなダメージはありません。そして企業によってはブランド価値に対する影響もあまりありません。
週20時間以下しか働けない場合は雇用率に反映されないなど、現行の法規制に不備はありますがtoB企業において1人あたり12.25万円/月は払えない…これが企業の本音なのでしょう。
障害者側としては適切な法改正を求めると共に、今の法規制でうまく立ち回るよう頭を使う必要があります。
*1:障害者雇用納付金を意味しますが、正確には罰金ではありません。
*2:正確には障害者雇用調整金
*3:正確には訴訟上の和解
*4:販売費及び一般管理費
*5:なお、障害者雇用納付金は損金算入される為、法人税を減らす効果があります。
*6:ここ大事。就労継続支援B型の場合は雇用ではない為、工賃になり約1.5万円/月の支給になるようです。
*7:ただ、6月時点の調査から12月の社名公表までの間に2人追加で障害者を雇用していることから、できれば社名公表は回避したい…と考えていたことは伺えます。
*8:計算すると約620人なのがわかります。
*9:620*0.0211≒13。公表された資料には、2021年12月1日時点での障害者の数は7人とあるため、全国平均実雇用率をクリアするには追加で6人分の雇用が必要
*10:12.25万円に6人、さらに12ヶ月を掛け合わせた結果
*11:シムテック社はここ数年債務超過が続いていました。
*12:雇用することによる賃金やその他の間接費用は無視しています
*13:株主提案権は1%以上の保有、もしくは30,000株の保有が条件です
*14:なお、株主質問については公表の義務がありません。この質問で株主から突っ込まれた可能性はあります。